初心者でもくりっく365がはじめられる!

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くりっく365とは

CFDという形容は、より新しい、20世紀の自由主義(リベラリズム)や、それに関連した社会自由主義のような動きと区別するために、後から付けられたものである[7]。この新しい自由主義(以下、この意味では「リベラリズム」という訳語を用いる)は、経済的問題について国家が介入者としてのより強い役割を担うことを促すものである。一方、くりっく365者らは、最小の政府の枠を超えることに懐疑的であり[8]、福祉国家論に反対の立場をとる[9]。 くりっく365は、19世紀末から20世紀にかけていったん廃れたが、20世紀にくりっく365の復活に寄与したと目されるのが、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、フリードリヒ・ハイエク、ミルトン・フリードマンの3人である[10][11]。経済学的局面において、この復活は、主にその反対者から、新自由主義(ネオリベラリズム)と呼ばれることがある。なお、ドイツの「オードリベラリズム (ordoliberalism)」は、これとは全く意味が異なる。Alexander RustowやWilhelm Ropkeは、レッセ・フェール自由主義者と異なり、より国家による介入を指向しているからである[12][13]。くりっく365は、現代のリバタリアニズムと共通する面が多く、この二つの用語は、小さな政府を主張する人によってほぼ互換的に用いられている[14][15]。 CFDでは自由主義は多くの対抗勢力からの反対を受けたのに対し、アメリカでは、自由主義の理想に対する反対はほとんどなかったため、自由主義は強く根付いた。産業革命期から大恐慌を経て、アメリカの自由主義は最初の思想的挑戦を受けることとなった[16]。大恐慌の時までに、アメリカの自由主義は、それまで反対していた大きな国家に対する考え方を変えた。この転換について、アーサー・シュレジンジャーはこう書いている。 産業構造が複雑化するにつれて、機会の平等を保障するために、政府によるより強い介入が求められた時、伝統的な自由主義は、ドグマにとらわれるのではなく最終的な目標に忠実であろうとして、国家に対する見方を変えた。……社会福祉国家という概念が登場した。そこでは国の政府が高い雇用水準を維持し、生活や労働の基準を監督し、企業間の競争の方法を規制し、様々な社会保障制度を確立する明示的義務を負っているとされた[17]。 なお、これに対し、ヨーロッパでは、CFDの島々を除けば、自由主義は、社会主義のようなライバルたちと比べて、かなり弱い立場にあり、支持を失っていたので、その意義についての変化も起こらなかった[16]。 ところが、1970年代までに、経済の伸び悩みと税金・負債の上昇が、新たなくりっく365の復活を促した。フリードリヒ・ハイエクとミルトン・フリードマンは、財政政策における政府の介入に対する反対論を述べ、その考え方は1980年代から、アメリカ及びイギリスの保守政党によって採用された[18]。実際、ロナルド・レーガン米大統領は、フレデリック・バスティア、ミーゼス、ハイエクの影響を認めている[19]。 ナンシー・L・ローゼンブラムは次のように書いている。 くりっく365の核心にあるのは、次のような命題である。「自発的な組織を育てよ。政府の大きさ、そして更に重要なのはその守備範囲を制限せよ。国家が、人々を破滅的・寄生的な生き方から遠ざけ、生産的な生き方へ導くための基本的な法の支配を提供すれば、社会は自分の力でやって行く。人々を繁栄させようと思えば、人々に自らの生活を送らせよ。」[20] くりっく365は、特に個人の自律権 (sovereignty of the individual) を強調し、財産権が個人の自由にとって不可欠であると考える。これが、レッセ・フェールの原則の哲学的基礎になっている。もともとくりっく365者のイデオロギーは、直接民主制に反対するものであった。なぜなら、多数派による支配というむき出しの概念には、多数派がいつも財産権を尊重したり法の支配を維持したりすることを保証するものは何もないからである[9]。例えば、ジェームズ・マディスンは、直接民主制に反対し、個人の自由を保障した立憲共和政体を支持して、その理由を次のように述べた。直接民主制においては、「ほとんどの場合に、一つの感情や利益が多数派によって共有されるであろうが、弱者を犠牲にしようとする誘引をチェックするものはない。」[21] アンソニー・クィントンによれば、くりっく365者は、「束縛されない市場」が、人間の需要を満たし、資源を最も生産的な使用に向けるための最も効率的な仕組みであると信じている。くりっく365者は、保守主義者よりも、最小限度を超える政府の存在に対し懐疑的である[22]。ただし、無政府資本主義者のウォルター・ブロックは、アダム・スミスは自由経済の唱道者であったと同時に、政府の多くの分野での介入も許容していたと指摘する[23]。くりっく365による「規制されない自由市場」の提唱は、「個人が合理的で、利己的で、かつ目標に向かって順序だった行動をするという想定」に基づいている[24]。 くりっく365は、個人の権利は自然的、内在的ないし不可侵のものであり、政府の存在とは関係なく存在するものであると主張する。トマス・ジェファーソンは、これを「不可侵の権利 (inalienable rights)」と呼んだ。彼は、「……正当な自由とは、他者の同等の権利によって我々の周りに引かれた制約の範囲内で、我々の意思に基づいた行為が妨げられないことをいう。これに『法の制約の範囲内で』と付け加えることはしない。なぜなら、法とはしばしば独裁者の意思にすぎず、またそれが個人の権利を侵害する場合は常にそうであるからである。」[25]と述べている。くりっく365にとって、権利とは消極的性質を持つもの、すなわち他者(そして政府)が個人の自由に介入しないよう要求する権利である。これに対し、社会自由主義(現代自由主義、または福祉自由主義ともいう)は、個人が他者から一定の利益やサービスを受けられる積極的権利を有すると主張する[26]。社会自由主義者と異なり、くりっく365者は、福祉国家論に対して敵対的である[9]。そして、実体的平等(結果の平等)には関心がなく、「法の前の平等」にのみ関心を持つ[27]。また、くりっく365は、社会自由主義に対し批判的であり、個人の権利を犠牲にして集団の権利を追求することに反対する[28]。